愛荘町: 金剛輪寺(松尾寺)

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金剛輪寺(松尾寺)・歴史・観光・見所
金剛輪寺(松尾寺)概要: 金剛輪寺(松尾寺)金剛輪寺の創建は天平13年(741)、聖武天皇の勅願で行基菩薩が開山したのが始まりと伝えられています。その後、衰退しましたが嘉祥年間(849〜51)、比叡山延暦寺の円仁が天台宗の道場として中興開山しています。その後、歴代の領主や為政者から庇護された事で寺運が隆盛し、建久年間(1190〜99)には源頼朝から太刀が寄進され、鎌倉時代中期には元寇の役の戦勝記念として近江守護職の佐々木頼綱が境内の整備を行いました。天正元年(1573)、織田信長の兵火により本堂や三重塔以外の多くの堂宇が焼失し一時衰退しましたが江戸時代に入ると幕府が庇護し寛永年間(1624〜44)、天海により再建されています。現在の本堂は弘安11年(1288)前後に建てられたと推定されるもので入母屋、檜皮葺、一重、桁行7間、梁間7間、内陣には須弥壇が配され一間四方の厨子が安置されています。鎌倉時代に建てられた天台宗和様本堂建築の遺構として大変貴重な存在で国宝に指定されています。三重塔は寛元4年(1246)に建てられたと伝わるものですが露盤に永正17年(1520)の銘があり、工法や意匠などから室町時代に建てられたと推定されています。信長の兵火でも焼け残っていましたが改修が滞り3重目が朽ち、近年になって復元されました。寺宝も多く、特に平安時代の仏像を数多く所有し、多くが国指定重要文化財に指定されています。

金剛輪寺(松尾寺)の文化財
 ・ 本堂−弘安11年−国宝
 ・ 三重塔−寛元4年(伝)−国指定重要文化財
 ・ 二天門−室町時代末期−国指定重要文化財
 ・ 木造阿弥陀如来坐像−貞応元年−国指定重要文化財
 ・ 木造阿弥陀如来坐像−平安時代−国指定重要文化財
 ・ 木造十一面観音立像−平安時代−国指定重要文化財
 ・ 木造不動明王立像・毘沙門天立像−建暦元年−国指定重要文化財
 ・ 木造四天王立像−建暦元年−国指定重要文化財
 ・ 木造慈恵大師坐像−弘安9年−国指定重要文化財
 ・ 木造慈恵大師坐像−正応元年−国指定重要文化財
 ・ 木造阿弥陀如来坐像−国指定重要文化財
 ・ 木造不動明王二童子像−国指定重要文化財
 ・ 木造大黒天半跏像−国指定重要文化財
 ・ 銅磬−国指定重要文化財
 ・ 金銅蓮華唐草文透彫華鬘(3面)−国指定重要文化財

金剛輪寺
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