東近江市: 太郎坊宮(阿賀神社)

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太郎坊宮(阿賀神社)・歴史・観光・見所
太郎坊宮(阿賀神社)概要: 太郎坊宮(阿賀神社)の創建は不詳ですが推古天皇元年(592)頃、聖徳太子が瓦屋寺を建立した際、赤神山(標高:350m)の霊験を知り国家安寧の祈願をしたと伝えられています。赤神山の山頂は岩肌が顕で形状も特異な事から古代の自然崇拝の対象になっていたようで境内には「夫婦岩」など巨岩怪石が点在し、中には古代の磐座と伝わるものもあり、その後は巨岩信仰や山岳信仰の拠点として広く信仰されました。平安時代初期には伝教大師最澄(平安時代の高僧、日本の天台宗の開祖)が社殿を造営したとされ、山内には50余の坊を建立したとされます。又、当社を守護する太郎坊が京都の鞍馬寺の守護神次郎坊の兄に当ることから、源義経が奥州平泉(岩手県平泉町)に下向の際には源氏再興を祈願し、再度上洛の際には佐々木定綱と共に再び参拝したとされ、境内には義経が腰掛けたと伝わる「腰掛岩」があります。中世に入ると周辺の領主だった佐々木氏から崇敬庇護されましたが天正年間(1573〜1593年)の織田信長の近江侵攻の兵火により多くの堂宇が焼失し衰微しました。古くから神仏習合していましたが明治時代初頭に発令された神仏分離令により仏式が廃され阿賀神社となり村社に列しましたが、敬愛を込めて現在では太郎坊宮と呼ばれています。主祭神:正哉吾勝勝速日天忍穂耳命。
太郎坊宮
太郎坊宮
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