湖南市(歴史)概要: 湖南市は石部町と甲西町が合併して出来た町で、石部町は古くから中央にも知られていた存在で「万葉集」でも石部を思わせる地名が登場し、吉御子神社や長寿寺、常楽寺など古社寺が点在しています。戦国時代に入ると織田信長により町並みが整備され、江戸時代には東海道の宿駅が設置されました。天保14年(1843)には本陣2軒、脇本陣0軒、旅籠32軒、家屋458軒、人口1606人となり徳川家茂や一橋慶喜(徳川慶喜)、近藤勇など歴史上の人物も本陣である小島家(敷地面積2845坪、建坪775坪、間口45間、奥行31間、東海道沿いでは有名な大規模建築として知られていたそうです)を利用しています。
朝方に京都を出立すると夕方頃に石部宿に到着した事から「京立ち石部泊まり」と言われ、京都から江戸方面に向う為に東海道を利用した旅人や商人などの多くは石部宿で宿泊する人が多く重要視され、江戸時代初期までは吉川代官所が設置され行政的にも中心地となりました。甲西町は宿場町は無かったものの、街道沿いに集落が形勢されました。
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