岩間寺(大津市)概要: 岩間山正法寺は滋賀県大津市石山内畑町に境内を構えている真言宗醍醐派の寺院です。の創建は養老6年(722)、元正天皇の勅願により泰澄大師(奈良時代の高僧、白山開山)が開いたのが始まりと伝えられています。伝承によると泰澄大師が白山(石川県白山市と岐阜県大野郡白川村に跨る名峰、標高2702m)に向う途中に当地に立ち寄ると、岩間山(標高:443m)を霊地と悟り山中に分け入り桂の霊木から感得した千手陀羅尼の御姿を模した木像(千手観音像)を自ら彫刻し本尊として安置したそうです。
その後、山岳信仰の道場として寺運も隆盛し、後白河天皇や後宇多天皇、正親町天皇なども崇敬庇護し往時は熊野、吉野と共に日本三大霊場の1つとして寺運が隆盛しました。その後、衰退しましたが天正5年(1577)に蕘助(京都醍醐寺理性院の住僧)が再興されました。本尊の金銅仏千手観音立像は元正天皇の御念持仏だったものと伝えられる秘仏で33年毎の御開帳でしか姿を見ることが出来ませんが、実は夜な夜な、寺を抜け出して百三十六地獄を駆け巡り、多くの人を救い汗をかきながら寺に戻ると云われています。
又、泰澄大師の弟子となった雷様が信者を雷の災害を救うという信仰が広がり「汗かき観音」や「雷除け観音」、「厄除け観音」、「ぼけふうじ観音」などと呼ばれて信仰の対象となっています。現在の本堂は天正5年(1577)に正親町天皇の勅願により醍醐寺理性院尭助僧正が尽力して再建されたもので入母屋、こけら葺。本堂脇の池は松尾芭蕉が「古池や蛙飛び込む水の音」を詠んだ古池とされ「芭蕉の池」と呼ばれています。西国三十三観音霊場第十二番札所(御詠歌:みなかみは いづくなるらん いわまでら きしうつなみは まつかぜのおと)。ぼけ封じ近畿十楽観音霊場第四番札所。びわ湖百八霊場湖西二十七古刹第二番。山号:岩間山。寺号:正法寺。通称:岩間寺。宗派:真言宗醍醐派。本尊:千手観音。
岩間寺(正法寺)の文化財: 木造地蔵菩薩立像は平安時代に製作されたもので像高69.1cm、一木造、彩色、明治33年(1900)に国指定重要文化財に指定されています。旧護摩堂の本尊で現在不動堂に安置されている木造不動明王二童子立像(3躯)は平安時代に彫像されたもので不動明王(中尊)97.6cm、矜羯羅童子66.4cm、制た迦童子63.4cm、当時代の不動三尊像として大変貴重な事から明治33年(1900)に国指定重要文化財に指定されています。寺宝である懸け仏は鎌倉時代に製作されたもので金銅製、大:径33.0cm、中尊総高14.5cm、小:径30.0cm、中尊総高15.5cm、木造薬師如来坐像(平安時代後期以前、像高84.5cm)、木造十一面観音立像(平安時代後期、像高89.0cm)と共に大津市指定文化財に指定されてます。
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