大津市坂本: 坂本城

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坂本城
坂本城
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坂本城・歴史・観光・見所
坂本城概要: 坂本城は元亀3年(1572)、明智光秀によって築かれたのが始まりとされます。光秀は坂本城を拠点にして南近江に侵攻し石山城や今堅田城、木戸城、田中城などを攻略し、織田軍の南近江における一大軍事的拠点となりました。坂本の地は背後に比叡山延暦寺を控え、前面に琵琶湖水運、城下には白鳥道と山中道といった街道が集まる交通の要衝として栄え、2万人余の人口は畿内有数の都市として発達します。坂本城の詳細は不詳ですが、琵琶湖の湖水を城に引き込む水城だったとされ、安土城などへも舟で直接交流出来たました。城には壮大な大店主が聳え小天守も備えられていたようです。宣教師だったルイス・フロイスは著書「日本史」で安土城に並ぶ壮大で美しい城と称賛していることからも当時の光秀の地位と格式の高さ、見識の広さなどが窺えます。天正8年(1580)、光秀は亀山城の城主となり、坂本城には従兄弟である明智秀満が城番として入りました。天正10年(1582)、本能寺の変の際、一時安土城を接収した秀満は山崎の合戦で光秀が羽柴秀吉に敗れ報を聞くと坂本城に引き返しましたが、秀吉勢に城を囲まれると自ら火を放し、一族と供に自刃し坂本城は落城します。その後、丹羽長秀が坂本城の城主となり再建し、杉原家次や浅野長政が引き継ぎましたが、次第に坂本城の重要性が失われ、天正14年(1586)に大津城が築城されると機能の全てが移され廃城となります。
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