西本宮楼門(日吉大社)

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概要・歴史・観光・見所
西本宮楼門(日吉大社)概要: 西本宮楼門は日吉大社西本宮の正門にあたり、元亀2年(1571)、織田信長による比叡山焼き討ちの兵火により楼門も焼失しています。信長の存命中は再建が許されませんでしたが天正10年(1582)に本能寺の変で信長が倒れ、豊臣秀吉の時代に入ると、再建の機運が高まりました。西本宮楼門は天正14年(1586)に建てられたと推定されるもので、楼門、拝殿、本殿が略一直線上に配置され、建物は入母屋、檜皮葺、三間一戸、八脚楼門形式、2重垂木、三手先、外壁は真壁造、構造体は朱色に塗られ、壁面は白漆喰仕上、上層部には高欄が廻っています。東本宮楼門と比べると規模が大きく1層目と2層目の4隅には猿(8匹)の彫刻が施され、開口部上部の蟇股には精緻な彫刻と極彩色で彩られています。日吉大社では猿が神の使いとして神聖視されてい事から表情の豊かな猿の彫刻が施され、神の使い(猿)が建物を支える、又は四方を鎮護するといった意味合いを表現していると思われます。このような屋根を支えるような形状の彫刻は秋田県の中央から南部、山形県の北部で集中的に見られますが、他地域では財力のある限られた神社仏閣でしか見られません。又、彫刻の殆どは力士や天邪鬼を模したもので、猿を模った彫刻は私が知る限りでは山形県酒田市の日吉神社位です(酒田市の日吉神社は向拝の蝦虹梁の上部に備えられています)。神仏習合時代は下層部の両側に仁王像が安置されていたと思われますが、神仏分離令後は排除されたようで、現在は酒樽が積み上げられています。特に日吉大社は他の神社に先駆けて廃仏毀釈が行われ、仏教色の強いものは悉く破却や燃やされたと伝えられています。西本宮楼門は桃山時代に建てられた楼門形式神門の遺構として大変貴重な存在で意匠にも優れている為、大正12年(1923)3月に国指定重要文化財に指定されています。

西本宮楼門:写真

日吉大社・西本宮楼門
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日吉大社・西本宮楼門 日吉大社・西本宮楼門 日吉大社・西本宮楼門 日吉大社・西本宮楼門
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