浄信寺(木之本地蔵院)

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浄信寺(木之本地蔵院)
浄信寺(木之本地蔵院)
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浄信寺(木之本地蔵院)・歴史・観光・見所
浄信寺(木之本地蔵院)概要: 浄信寺(木之本地蔵院)の創建は天武天皇の御代(673〜686)、難波浦に光り輝く地蔵菩薩像が漂着し、像を祀ったのが始まりと伝えられています。その後、聖武天皇の勅命により祚蓮上人が地蔵菩薩像を背負いこの地にさしかかると急に像が重くなり動くことが出来なくなった為、神意と悟り堂宇を建立しました。その後一時衰退しましたが弘仁3年(812)に空海が中興し、さらに昌泰元年(898)には菅原道真が参拝に訪れ寺号を浄信寺に改称しています。室町時代には足利尊氏が庇護し暦応元年(1338)には寺領100石を寄進し、戦国時代は豊臣秀吉から帰依され寺運も隆盛します。天正11年(1583)、賤ヶ岳の戦いの際に境内が秀吉が本陣として利用したとされ、その戦火により多くの堂宇が焼失したと伝えられています。慶長6年(1601)、豊臣秀頼の命により片桐且元が壮大な堂宇を再建しましたが元文4年(1739)火災により焼失しています。

浄信寺(木之本地蔵院)の文化財
 ・ 絹本著色地蔵菩薩像−鎌倉時代−国指定重要文化財
 ・ 木造地蔵菩薩立像−仁治3年−国指定重要文化財
 ・ 木造閻魔王立像−鎌倉時代−国指定重要文化財
 ・ 木造倶生神立像−鎌倉時代−国指定重要文化財
 ・ 木造阿弥陀如来立像−平安時代−国指定重要文化財
 ・ 木造阿弥陀如来坐像−平安時代−国指定重要文化財
 ・ 銅鏡(獅子牡丹蝶鳥文)−嘉吉2年−国指定重要文化財
 ・ 庭園(築山林泉式)−江戸時代中期−国指定名勝
 ・ 紙本著色東王父西王母図−桃山時代−滋賀県指定文化財

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