大津市: 石山寺

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石山寺・歴史・観光・見所
石山寺概要: 石山寺の創建は天平19年(747)、聖武天皇の奈良東大寺大仏完成祈願の発願により良弁和尚(東大寺僧)が如意輪観音像を安置し一宇を設けたのが始まりと伝えられています。天平宝字3年(759)に造営された淳仁天皇の宮殿である保良宮とも関係が深いとされ天平宝字5年(761)に造石山寺所(造東大寺司)が大規模な守護寺として境内を整備しています。当初は東大寺の末寺として華厳宗に属していましたが、平安時代に入り聖宝(京都醍醐寺の僧)が真言宗に改宗、さらに淳裕(菅原道真の孫)が境内の整備を進めた事で寺運が隆盛し、天皇はじめ多くの皇族や貴族が参拝に訪れるようになりました。歴代為政者からも帰依され、源頼朝は東大門や多宝塔など多くの堂宇を造営し、室町時代には歴代足利将軍が参拝に訪れています。戦国時代に入ると織田信長の兵火により一時衰退しますが、豊臣秀吉や側室の淀殿も堂宇の造営や改修が行われ再興、江戸時代に入ると幕府から庇護され朱印地560石が安堵されました。近江八景の1つ「石山秋月」に選定されるなど古くから景勝の地としても知られ「蜻蛉日記」や、「更科日記」、「枕草子」などの舞台にもなり紫式部も石山寺に篭り「源氏物語」を完成させたとも伝えられています。石山寺の境内には現在でも数多くの古建築物が残り、本堂と多宝塔が国宝に指定されている他、東大門や蓮如堂、御影堂、三十八所権現社、鐘楼が国指定文化財に指定されています。寺宝も多く延暦交替式や越中国官倉納穀交替記残巻、玉篇巻第二十七、周防国玖珂郡玖珂郷延喜八年戸籍残巻、漢書、釈摩訶衍論、春秋経伝集解巻第二十六・二十九残巻、淳裕内供筆聖教、史記巻第九十六・九十七残巻が国宝に指定されています。
石山寺
石山寺
石山寺:境内・観光・見所
本堂
本堂
本堂
多宝塔
多宝塔
多宝塔
東大門
東大門
東大門
硅灰石
硅灰石
硅灰石
鐘楼
鐘楼
鐘楼
蓮如堂
蓮如堂
蓮如堂
御影堂
御影堂
御影堂
くぐり岩
くぐり岩
くぐり岩
めかくし石
めかくし石
めかくし石
腰掛石
腰掛石
腰掛石
経蔵
経蔵
経蔵
観音堂
観音堂
観音堂
毘沙門堂
毘沙門堂
毘沙門堂
月見亭
月見亭
月見亭
権現社本殿
三十八所権現社本殿
三十八所権現社
若宮
若宮
若宮
心経堂
心
心経堂
芭蕉庵
芭蕉庵
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宝蔵
宝蔵
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光堂
光堂
光堂
宝篋印塔
宝篋印塔
宝篋印塔
宝篋印塔
宝篋印塔
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