安土町: 桑実寺

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桑実寺・歴史・観光・見所
桑実寺(近江八幡市安土町)概要: 桑実寺の創建は天智天皇の御代(666年〜671年)、皇女阿閉(元明天皇)が重病にかかり薬師如来に祈願し平癒したところから、白鳳6年(677)、勅願により定慧(藤原鎌足の子)が開いたのが始まりと伝えられています。その際、定慧が唐(中国)から持ち帰った桑の実を蒔き、周囲の村人達に養蚕を教えたことから、いつしか桑実寺と呼ばれるようになりました。朝廷から庇護され慶雲4年(707)には元明天皇が行幸され、天平元年(745)には聖武天皇より豊浦荘を荘園として寄進しています。中世に入ると近江源氏と呼ばれた佐々木氏から庇護され文明15年(1483)に三重塔が建立され、享禄4年(1531)には時の将軍足利義晴が佐々木六角定頼を頼り、当寺に仮幕府を開き3年に渡り政務を行っています。佐々木六角氏の庇護の下、寺運が隆盛し最盛期には2院16坊を擁する大寺となりました。永正11年(1568)の織田信長の近江侵攻により佐々木六角氏は没落し庇護者を失いますが、その後は信長が庇護し寺領の寄進や堂宇お造営が行われ、後の15代将軍足利義昭を一時桑実寺に迎えています。近世に入ると山内寺院の確執の表面化や度重なる火災で衰微し明治時代には3院を残すのみとなり3重塔も解体されました。現在の本堂は天正4年(1576)に織田信長が造営したと伝えられるもので入母屋、檜皮葺、桁行5間、梁間6間、室町時代後期に建てられた寺院本堂建築の遺構として大変貴重な存在で国指定重要文化財に指定されています。寺宝である紙本著色桑実寺縁起絵巻(2巻・附・後奈良天皇宸翰題籤及び消息)は天文元年(1532)に土佐光茂が筆し足利義晴が寄進したもので国指定重要文化財に指定されています。
桑実寺
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