近江八幡市: 浄厳院

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概要・歴史・観光・見所
浄厳院(安土町)概要: 金勝山慈恩寺浄厳院は滋賀県近江八幡市安土町慈恩寺に境内を構えている浄土宗の寺院です。浄厳院浄厳院の創建は白鳳4年(677)に聖徳太子が建立した48寺の1宇として開かれたのが始まりと伝えられています。南北朝時代の正平年間(1346〜1369年)に佐々木六角氏頼が天台宗に改宗し慈恩寺威徳院に寺号を改めました。その後は佐々木六角氏の菩提寺として寺運も隆盛しますが、戦国時代に入り織田信長の近江侵攻により六角氏が衰退し居城であった観音寺城から後退し、天正5年(1577)に慈恩寺が破却されます。

跡地には新たに明感(金勝寺住職)が招かれ金勝山慈恩寺浄厳院として再興、本堂は近江八幡にあった興隆寺の弥勒堂が移築され境内が整備されます。天正7年(1579)には信長の意向により浄土宗と日蓮宗の僧による安土宗論が行われ、日蓮宗を敵視する信長の意を汲み取り日蓮宗が敗北し処分されました。

浄厳院境内正面にある本堂は室町時代後期に興隆寺の弥勒堂として造営したもので、木造平屋建て、入母屋、本瓦葺、平入、3間向拝付、桁行7間、梁間6間、外壁は真壁造白漆喰仕上げ、当時の御堂建築の遺構として大変貴重な事から国指定重要文化財に指定されています。楼門は慈恩寺の時代である天文年間(1532〜1555年)に建てられたもので、入母屋、本瓦葺、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚楼門形式、外壁は真壁造白漆喰仕上げ木部朱塗り、上層部高欄、「金勝山」山号額付き、下層部左右に仁王像安置、室町時代後期に建てられた楼門建築の遺構として貴重である事から滋賀県指定有形文化財に指定されています。山号:金勝山。寺号:慈恩寺。宗派:浄土宗。本尊:阿弥陀如来。

浄厳院の文化財
・ 本堂−室間時代後期−国指定重要文化財
・ 楼門−天文年間−滋賀県指定文化財
・ 不動堂−元禄16年−近江八幡市指定文化財
・ 鐘楼−寛保2年−近江八幡市指定文化財
・ 木造阿弥陀如来坐像−平安時代−国指定重要文化財
・ 厨子入舎利塔−国指定重要文化財
・ 厨子入銀造阿弥陀如来立像−鎌倉時代−国指定重要文化財
・ 絹本著色山王権現像−国指定重要文化財
・ 絹本著色阿弥陀聖衆来迎図−国指定重要文化財

【 参考:サイト 】
フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
【 参考:文献等 】
・ 現地案内板-文化財保護委員会・滋賀県教育委員会・浄厳院

浄厳院:写真

浄厳院
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