大津市坂本町・近江八幡・五個荘町金堂・長浜宿

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項     目 場  所 備  考
・大津市
・坂本
・滋賀県
・大津市
・坂本町
坂本の地は比叡山延暦寺の里坊町として発展した町で、比叡山延暦寺の守護神だった日吉大社の門前町でもあります。比叡山延暦寺は天台宗の総本山だった事から多くの僧侶が修行に訪れ消費地としても繁栄し、琵琶湖の湖畔には港が設けられ琵琶湖舟運の拠点としても発展します。影響力が増大すると武装化し多くの僧兵を擁しましたが、戦国時代に織田信長と対立した事で全山焼き討ちにあい坂本も大きな被害を受けています。その後、坂本の地に配された信長の家臣明智光秀が坂本城を築城し、その城下町(滋賀県)として再興しましたが、天正10年(1582)に本能寺の変後に光秀は山崎の合戦で羽柴秀吉に敗れ、坂本城も落城、城下町もその兵火により大きな被害をうけます。江戸時代に入ると、天台宗の天海大僧正が幕府の重鎮だった為、庇護され坂本も再び繁栄しました。現在でも坂本には里坊群とそれを支えた商家町の町並みが残され、特に穴太積による石垣が異彩を放っています。大津市坂本町は国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
・近江八幡 ・滋賀県
・近江八幡市
近江八幡は天正13年(1585)に豊臣秀次によって築かれた近江八幡城の城下町として整備された町です。豊臣秀次は豊臣秀吉の甥として将来を嘱望された人物で、紀州攻めや四国遠征などで項を挙げ45万石の大名に抜擢され近江八幡に配されました。城下町の建設にあたっては、織田信長の居城である安土城の城下町にあった寺院や商人達を引き入れ新たな町割が行われました。その際、八幡城の外堀を琵琶湖の湖水を引き込んだ事で、琵琶湖舟運の拠点として経済的にも発展しました。文禄4年(1595)に秀次事件により豊臣秀次は自刃に追い込まれ、それを受けて近江八幡城も廃城になりましたが、城下町は商家町、琵琶湖舟運の港町として重要性が維持され、引続き繁栄しました。江戸時代後期になると近江商人と呼ばれた豪商を幾人も輩出し、現在でも水堀沿いには土蔵群、道沿いには大きな屋敷を持つ町屋建築(滋賀県)が軒を連ね往時の繁栄が窺えます。近江八幡の町並みは国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
・五個荘町
・金堂
・滋賀県
・東近江市
・五個荘地区
五個荘町金堂が何時頃から発生したのかは不詳ですが、地区内には8世紀頃に存在していたと思われる金堂廃寺跡や、聖徳太子が創建したと伝わる浄栄寺が境内を構えています。又、古代律令制の中で計画された条里制の区画割りが残され、それに沿って現在の町割が行われています。江戸時代に入ると概ね大和郡山藩領となり、周辺地域の中心として藩の出張陣屋が設けられ古代条里制に沿って陣屋や有力寺院が再整備されます。元々は農業を主産業とする集落でしたが江戸時代後期になると、副業だった商人的な行為が大きな富をもたらし、江戸や大坂、京都などの大都市に店を構える者が出現し、明治時代から昭和初期にかけて数多くの近江商人を何人も輩出しました。彼らは五個荘町金堂で商売していた訳ではないので町屋建築は見られませんが、かと言って一般的な農家建築とは異なる屋敷が集落を構成しています。五個荘町金堂は現在でも当時の町並みが良く残され国の重要伝統的建造物群保存地区に選定されています。
・長浜宿 ・滋賀県
・長浜市
長浜の地は天正4年(1576)に羽柴秀吉(後の豊臣秀吉)によって築かれた長浜城の城下町として整備された町です。以前は、近江国北部を支配した浅井家の居城、小谷城が中心でしたが天正元年(1573)秀吉を中心とした織田軍に攻められ落城し、残された建物は長浜城に転用され、城下町にあった寺院や商人も長浜に移しました。長浜城が廃城になった後も重要性が維持され、江戸時代には北国街道の宿場町、琵琶湖舟運の拠点として経済的に発展し、多くの物資の集積場、中継地となりました。現在でも長浜宿には黒壁の土蔵群が残され繁栄した往時の名残が見られます。
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