甲賀市: 油日神社

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概要・歴史・観光・見所
油日神社(甲賀市)概要: 油日神社は滋賀県甲賀市甲賀町油日に鎮座している神社です。油日神社の創建は不詳ですが神話の時代、現在の油日岳(標高:694m)の山頂に神が降臨した際、太陽とも油に火とも思われる強烈な光を発したところから油日大明神と呼ばれるようになったと伝えられています。又、一説には聖徳太子が社殿を造営し油日大明神を勧請したのが始まりとも云われています。何れにせよ油日岳が古代からの信仰の山として神聖視され現在でも山頂には岳神社(祭神:罔象女神)が鎮座し、油日神社の奥宮となっています。古くから格式の高い神社として知られ三大実録によると元慶元年(877)に正六位上の油日神が従五位下が授けられた事が記載され、一説には延長5年(927)に編纂された延喜式神名帳で式内社として記載された川枯神社が当社という説もあります(川枯神社の論社は他に水口神社や八坂神社があります)。

油の神、勝軍神として広く信仰され中世には「江州の無隠大社」、「甲賀の総社」などと称され明応2年(1493)に本殿が造営された際の棟札には「正一位油日大明神」と記載されている事から甲賀地域随一の名社として認識されていたようです。天元元年(978)に橘朝臣敏保卿が参拝に訪れていますが、特に長く当地を支配した甲賀武士53家が総氏神として崇敬庇護し例祭の際には持ち回りで5家ずつが参拝し天正14年(1586)には社領100石を寄進しています。明治時代初頭に発令された神仏分離令が施行されるまでは神仏混合し、「岳大明神」と称し別当寺院として天台宗の金剛寺(油日寺)が祭祀を司り光明院や昭養院、成就院、燈明坊、善応寺が境内を構えていましたが、法が執行されると形式上は仏教色を廃して現在の社号である「油日神社」に改め、明治39年(1906)に県社に列しています。現在でも油日神社境内には御堂と思われる建物や鐘楼、社宝として仏教色の強い絹本著色十一尊蔓荼羅図、千手観音三尊蔓荼羅図、種子三千仏などを所有し神仏習合時代当時の名残が随所に見られます。祭神:油日大神。東相殿:罔象女神、西相殿:猿田彦神。

現在の油日神社本殿は明応2年(1493)に建立されたもので三間社流造、檜皮葺、桁行3間、梁間3間、正面1間向拝付。拝殿は桃山時代に建立されたもので木造平屋建て、入母屋、檜皮葺、妻入、桁行3間、梁間3間、正面と背面に唐破風付、柱間格子戸。楼門は永禄9年(1566)に建立されたもので入母屋、檜皮葺、三間一戸、桁行3間、張間2間、八脚楼門。回廊は永禄9年(1566)に建てられたもので切妻、檜皮葺、左回廊は桁行9間、梁間1間、右回廊が桁行10間、梁間1間。それぞれ神社社殿建築の遺構として大変貴重なことから国重要文化財に指定されています。

油日神社の文化財
・ 本殿(附:棟札15枚)−明応2年−国指定重要文化財
・ 拝殿−桃山時代−国指定重要文化財
・ 楼門(附:棟札3枚)−永禄9年−国指定重要文化財
・ 回廊(2棟)−永禄9年−国指定重要文化財
・ 油日の太鼓踊り−国選択無形民俗文化財
・ 福太夫神面(1面・附:ずずい子1躯)−室町時代−滋賀県指定文化財
・ 油日神社のコウヤマキ−推定樹齢750年−滋賀県指定天然記念物
・ 奴振り−滋賀県選択無形民俗文化財
・ 絹本著色聖徳太子絵伝−室町時代−甲賀市指定文化財
・ 絹本著色十一尊曼荼羅図−室町時代−甲賀市指定文化財
・ 絹本著色千手観音三尊曼荼羅図−室町時代−甲賀市指定文化財
・ 絹本著色弁才三尊曼荼羅図−室町時代−甲賀市指定文化財
・ 絹本著色十二天像図−江戸時代−甲賀市指定文化財
・ 古面−室町時代−甲賀市指定文化財
・ 梵鐘−江戸時代−甲賀市指定文化財
・ 種子三千仏−室町時代−甲賀市指定文化財

油日神社:写真

油日神社
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