大津市: 三尾神社

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概要・歴史・観光・見所
三尾神社(大津市)概要: 三尾神社は滋賀県大津市園城寺町に鎮座している神社です。三尾神社の創建は不詳ですが太古の昔、長等山の山頂に伊弉諾尊が降臨し地主神になったのが始まりとされ、伊弉諾尊は赤・白・黒3色の長い腰帯を着用していた為、3つの尾を引いているような御姿からいつしか三尾明神と呼ばれるようになりました。その後、3つの腰帯が神格化し赤尾神・白尾神・黒尾神と呼ばれるようになり、赤尾神は古代の卯年の卯月卯日卯の刻に圓城寺(三井寺)山中琴緒谷に出現し、白尾神は大宝年間(701〜704年)に現在地(筒井の祠)に出現、黒尾神は神護景雲(769)3月14日(卯の日)に鹿関の地に出現しそれぞれ兎に縁のある神とされました。

三尾神社由来の別説として「寺門伝記」によると近江国高島郡三尾が崎に三尾明神が鎮座し、養老年間(717〜724年)に道明・徳道と呼ばれる2人の僧侶により長谷観音像が彫刻され安置されていましたが、ある年、洪水により長谷観音像が流されて大津の浜にうち上がりました。すると、神の化身と思われる3匹の蛇が出現し西の山に安置される事を望むと告げて姿を消した事から、御告げに従い三尾神社を創建したと伝えられています。

貞観元年(859)に圓城寺(三井寺)を開いた智証大師円珍が琴緒谷に三尾神社の社殿を再興し、以来、圓城寺(三井寺)の有力鎮守社(南院の鎮守社)として信仰され社運も隆盛するようになりました。神仏習合時代は赤尾神は赤尾天照太神として本地仏は普賢菩薩 、黒尾神は黒尾新羅太神として本地仏は文殊菩薩 、白尾神は白尾白山権現として本地仏は十一面観音に置き換えられ信仰されていました。歴代領主や為政者からも崇敬され足利将軍や豊臣秀吉の庇護により社殿の造営や改修、社領の寄進が行われました。

明治時代初頭に発令された神仏分離令により圓城寺(三井寺)から分離し明治9年(1876)に現在地に遷座し、明治14年(1881)に郷社、明治43年(1910)に県社に列しています。現在の三尾神社本殿は応永33年(1426)足利将軍家により再建されたもので三間社流造、桧皮葺、桁行3間、梁間2間2尺、正面3間向拝付き、室町時代中期の神社本殿建築の遺構として大変貴重な事から板古材(1点)、旧野地板(1点)、旧妻支外垂木面戸板(1点)、棟札(4枚)、文書(10冊)と共に平成24年(2012)に国指定重要文化財に指定されています。

三尾神社舞殿は木造平屋建て、入母屋、銅板葺き、平入、桁行3間、張間2間、外壁は柱のみの吹き放し。神門は向唐門、一間一戸、銅板葺き。拝殿は木造平屋建て、入母屋、正面軒唐破風、銅板葺き、平入、桁行3間、張間2間、外壁は真壁造り板張り。特に卯年生まれの守護神として信仰され卯の年は多くの参拝者が訪れています。祭神:伊弉諾尊。配神:赤尾大神、黒尾大神、白尾大神 。

三尾神社:写真

三尾神社
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