大津市: 膳所神社

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概要・歴史・観光・見所
膳所神社(大津市)概要: 膳所神社は滋賀県大津市膳所1丁目に鎮座している神社です。膳所神社膳所神社の創建は天武天皇6年(677)、天智天皇が大津に御所を遷都する際、この地を御厨と定め大膳職の御厨神として豊受比売命(伊勢外宮の御祭神と同神、食物を司る神)の分霊を勧請したのが始まりと伝えられています。御所が移された後も御厨としての機能が残され主に琵琶湖の魚介類が奉納され、社殿は御所に準じる格式を得ていたと云われています。当地(琵琶湖の浜辺周辺)は浜田と呼ばれていましたが、御厨になった事で「陪膳(おもの)の浜田」と呼ばれるようになり、これが転じて「陪膳の所」、さらに転じて「膳所」となっています。中世に入ると領主や為政者に崇敬庇護され豊臣秀吉や秀頼、大政所、北政所、徳川家康などが宝物を寄進し東山天皇は膳所大明神の宣下をされています。江戸時代に入ると膳所藩歴代藩主が庇護し、特に藩主時代の長かった本多家が庇護し社領の寄進や社殿の造営が行われています。明治時代初頭に発令された神仏分離令により膳所大明神から膳所神社に社号を改め郷社に列しました。祭神:豊受比売命。例祭:5月3日。

現在の膳所神社表門は案内板によると「 この表門は、旧膳所城の2の丸より本丸へ入り口にあった城門で、明治3年(1870)の膳所城取り壊しの際に移築されました。門は、棟筋と扉筋とが同一の垂直面にない薬医門で城門として多く用いられています。屋根瓦には旧膳所城主本多氏の立葵紋がみられ、桃山時代の建築として貴重なものです。脇には潜り戸を付け、頑丈な造りで、城門としての貫禄を持っています。大正13年(1924)4月に重要文化財に指定されました。 大津市教育委員会 」とあります。

膳所神社表門は明暦元年(1655)に建てられたもので、本柱間隔3.35m、大扉両開き、向って左側の脇柱までの間隔1.62m、潜り戸付、後ろの控え柱までの間隔1.95m、妻面は真壁造り白漆喰仕上げ、江戸時代初期の城門建築の遺構として大変貴重な事から「明暦元年十一月廿五日」の銘札と「承応四年十一月吉日、明暦元年十一月廿五日」の銘がある吸付桟と共に大正13年(1924)4月15日に国指定重要文化財に指定されています。又、北門(切妻、桟瓦葺、薬医門、潜り戸付)と南門(切妻、本瓦葺、一間一戸、高麗門、近年建替えられました)も膳所城の城門で貴重な文化遺産といえます。膳所神社拝殿は木造平屋建て、入母屋、桟瓦葺、妻入、桁行3間、梁間4間、外壁は柱のみの吹き放し。本殿は三間社流造、銅板葺、桁行1間2尺、梁間1間4尺、正面1間向拝付。中門(神門)は切妻、本瓦葺き、一間一戸、薬医門。

膳所神社:写真

膳所神社
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