彦根市: 長寿院(大洞弁財天)

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概要・歴史・観光・見所
長寿院(大洞弁財天)概要: 大洞山長寿院は滋賀県彦根市古沢町に境内を構えている真言宗醍醐派の寺院です。長寿院の創建は元禄8年(1695)、彦根藩4代藩主井伊直興が彦根城から見て北東にあたるこの地に鬼門鎮守として大洞山(標高:211m)の中腹に開いたのが始まりとされ、寺号は井伊直興の戒名「長寿院覚翁知性」に因んだものとされ関係性が窺えます(井伊直興の菩提寺は東近江市にある永源寺)。本尊である弁財天坐像は日本三大弁財天(諸説ありますが奈良県天川村・天河大弁財天社、滋賀県竹生島・宝厳寺、広島県宮島・大願寺などが一般的に上げられているようです。)の1つとして信仰を集め、特に商売繁盛に御利益があるとして多くの参拝者が訪れました。

井伊直興は日光東照宮(栃木県日光市)の総奉行であった為、建設に携わった甲良大工を集め堂宇を建立し、随所に眠り猫や像などの多彩な彫刻が見られ極彩色で彩られていることから彦根日光とも呼ばれています。建立の際は領内全ての領民に一文ずつの奉加金を募り26万9526人の奉加帳が残されています。弁才天堂は元禄8年(1695)に建てられたもので、本堂(入母屋、本瓦葺、桁行5間、梁間4間、唐破風向拝付、千鳥破風)、石の間(本瓦葺、桁行3間、梁間3間)、礼堂(入母屋、本瓦葺、桁行3間、梁間3間、唐破風向拝付)からなる権現造りで寺院建築では極めて異例な形式を採用されています。楼門は元禄8年(1695)に建てられたもので入母屋、本瓦葺、三間一戸、八脚楼門、上層部には大黒天像4千体が安置し、下層部正面左右には毘沙門天像、堅牢地神像、裏の左右には白狐像が安置され、二天門との別称があります。

阿弥陀堂は元禄8年(1695)に建てられたもので入母屋、本瓦葺、平入、桁行5間、梁間5間、正面1間向拝付、外壁は真壁造、弁柄色塗り、内部には歴代領主や、長寿院(大洞弁財天)の創建の際募った寄進者全員の霊碑が安置されています。宝蔵は元禄8年(1695)に建てられたもので入母屋、本瓦葺、平入、桁行3間、梁間3間、校倉造、高床式、文化財指定されている校倉造の建物としては滋賀県唯一で長寿院(大洞弁財天)に伝わる多くの寺宝が所蔵されています。経蔵は元禄12年(1699)に建てられたもので宝形造、本瓦葺、桁行3間、梁間3間、外壁は真壁造、横板張弁柄色塗、花頭窓付、内部に八角輪蔵。その他にも長寿院(大洞弁財天)の境内には安永年間(1772〜1781年)の彦根城の大火災で天守閣を守ったとされる宇賀大神を勧請した奥之院などがあります。山号:大洞山。宗派:真言宗醍醐派。本尊:阿弥陀如来、弁財天。

長寿院(大洞弁財天)の文化財
・ 弁才天堂(本堂,石の間,礼堂)附棟札−元禄8年−国指定重要文化財
・ 阿弥陀堂−元禄8年−入母屋,本瓦葺−滋賀県指定文化財
・ 楼門(二天門)−元禄8年−三間一戸,八脚楼門−滋賀県指定文化財
・ 宝蔵(校倉造)−元禄8年−滋賀県指定文化財
・ 経蔵−元禄12年−滋賀県指定文化財

大洞弁財天:写真

長寿院(大洞弁財天)
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